第九章 仕返しの縁日作戦
1
次ぎ日の放課後、わたしたちは大塚公園に集まった。キャッチボールをする予定だったがいっこうにボールを投げようとする者はいなかった。グランドにつながる石の階段に座って、ほかのグループの草野球を眺めていた。階段の脇溝には高台にある噴水からの水が勢いよく流れていて、じっと見ているとしばらくのあいだ暑さを逃れられるような気がした。
わたしたちの怒りと敗北感は頂点に達しており野球どころではなかった。放置自動車の件でわたしたちの遊びを邪魔されたのが我慢できなかった。
「もうやるしかない」住友が思い詰めたように言った。
「これ以上ほっといたら、あいつらのやりたい放題だよ」わたしも思いっきり声を低くして押し出すように言った。
「でも、体のでかいやつには勝てっこないよ」クジラはため息をついた。
「小川のことか? あいつ小さい頃は弱虫だったんだけどな。こんどぶちのめしてやろうぜ」わたしはそう言いながら運動靴と靴下を脱いで流れる水に足を当てて堰き止めた。火照った足が冷やされると身体全体に活力がみなぎってくるようだった。堰き止められた水はすぐにあふれて階段に広がって流れた。
「最近、体もすごく大きくなってるし、柔道も強いっていうじゃないか」とクジラが弱々しく付け足した。
「知恵を働かせるんだよ」と住友が言った。
「仲間は富田を入れたって四人しかいないし、勝てない喧嘩したってしょうがない。オレはやらないよ」とクジラは相変わらず消極的だった。
「富田? あいつは入れない方がいい」わたしはまだ富田を信用していなかった。
「じゃあ三人でやるのか、絶望的だ!」
「何か作戦があるのか?」わたしは住友に訊いた。
「不意打ちをくらわすんだ」住友は左手のグローブに軟球ボールを何度もたたきつけて言った。
「いつ?」「どこで?」わたしとクジラが矢継ぎ早に訊いた。
「こんどの縁日でやる」住友がきっぱりと言った。
次の大塚駅前の縁日は七月一七日の日曜日だった。
「あさってかい、どうして?」素朴にわたしが訊いた。
「何で縁日に奴らが来るってわかるんだよ?」クジラもたたみかけた。
「おまえら、耳の穴かっぽじってよく聞けよ。昨日帰ったあと、松屋デパートに行ったんだよ。そうしたら偶然、ヤツに会った」
「だれ?」
「おすもうさん、小川だよ。三階の売り場でお袋さんらしい人に、金魚鉢を買ってもらっているのを見たんだ。これは奇跡というか、神様の思し召しというか」と住友は得意そうに言った。
「だから?」
「だから、あいつは必ず金魚すくいをやるはずだ」
「どうして?」わたしとクジラが同じ質問を繰り返した。
「まだわからないのか? おまえらほんとにボケナスだな」住友がクジラとわたしを一緒にしたのは気に入らなかった。
「母親が金を払っているとき、金魚は今度の縁日で取ってくるように言っていたんだ」
「ふーん、意外と準備いいヤツだな。オレなら金魚すくってから入れ物を買うことを考えるけれどなあ」クジラが感心して言った。
「だから、あいつは必ず今度の縁日で金魚スクイをやるはずだ」
「うーん、そして?」わたしはアイディアが出て来ずに笑った。
「金魚スクイに夢中になっているところを後ろから押すんだ」住友はそう言ってわたしの肩を強く押した。
「あいつは金魚スクイの桶に頭を突っ込む。馬鹿でかい体だから桶から金魚があふれて大騒ぎになるはずだ。な、いい考えだろ」
「頭ぶつけた上に金魚スクイ屋のオヤジに怒られる」わたしが付け加えた。
「そしてそれを見届けて、オレたちは逃走する」住友が続けた。
「仕返しされるぞ」とクジラ。
「縁日だろ人が多いし、誰がやったかわからないさ」
「まあな」
「それにやるときは、お面をかぶるんだよ」住友は浅黒い肌によく似合う白い歯を出して笑った。
「うんうん、スミおまえ頭いいな」ニヤニヤしながらクジラも話に乗ってきた。
「もし見つかって、追いかけられたら?」わたしはさらに念を押した。
「うーん」住友はまた、グローブにボールをたたきつけた。ぱしっという乾いた音がした。
「むしろおびき出したらどうだ、だめ押しに」わたしがアイディアを出してみた。
「よし、もし奴らが追ってきたら、神社の裏に逃げ込むからクジラは先回りしてそこで待ってろ」
「そして?」
「ロープ作戦だ」
「ロープ?」
「オレがおびき出して、駆け込んでくるから、神社の庭の狭い道にロープ張って準備しているんだ」
「おうよ!」クジラが威勢良く叫んだ、
「来たらロープで転倒させる」住友は階段の下まで降りていき走って転ぶまねをした。
「転んだら、砂かうどん粉を目つぶし食らわせて、後は袋叩きだっていうのはどうだ」わたしもグランドに降りて、砂をつかみ住友に掛けるまねをした。
「ついでに胡椒の粉もかける。これは利くぜ」クジラが武器の追加を申し出た。
「おもしろい、やろうぜ」住友も賛成した。
「よし、お面を買おう」クジラが叫んだ。
「そうだな、顔を見られないのに越したことはない」わたしも理知的に同調した。
「奴ら何人で来るのかな?」
「そんなのわからないけど、一人じゃないだろ」
「ともかく、準備をしよう」
わたしたちは、前持って縄跳び用のロープと小麦粉、胡椒を分担して持ち寄り、お面は縁日でそれぞれ気に入ったものを買うことにした。
「戦う武器はどうする、オレ兄貴の竹刀と木刀があるよ」クジラが言った。
「よ! 剣道の達人」わたしがはやした。
「無手勝流だ、武器はいらない」住友が言った。
「ナイフはどうする」クジラが言った。
「まずいよ」わたしが常識的に答えた。
「じゃあ、ピストルは?」「機関銃も」「火炎放射器なら一発でしとめられる」話は止めどもなく発展し、わたしたちは存分にそれを楽しんだ。作戦は必ず成功すると信じていた。
「そんなに武装したいなら、駄菓子屋で売ってる癇癪玉でも持って来な」わたしが言った。
「お守りぐらいにはなるかもな」住友が言った。
「ネズミ花火か爆竹って言う手もあるなあ」クジラもたまには良いことを言う。
「2B弾も持っていこう」わたしもだんだん楽しみになってきた。
「やつらの横暴は、もう許さない。最高の計画だ、失敗するはずがない」住友は重々しく言った。
わたしのそれまでの経験では、この手の計画は予測通りに行ったことがなかった。予測通り行くのは食べ過ぎた次の日の腹痛、朝寝坊のあとの遅刻、勉強しないで受けたテストの結果とか悪いことばかりだ。すばらしい結果が予測される計画などうまく行くためしはなかった。しかし、このときの作戦は完璧なように思われた。これ以上の方法は見あたらないし、必ず成功するとわたしたちは確信した。
2
駅前は、夕方の行楽帰りの人々や買い物客で混雑していた。七の日は天祖神社の縁日で、その日は日曜日と重なったためたいそうな賑わいと活気があるようにみえた。
わたしたちは、人だかりがまばらな瀬戸物売り場のところへ集合した。そこは出店の中でも駅から離れた道路沿いの場所で、賑わいも少なかったので仲間を見分けるのが容易だった。わたしが集合場所に着くと、クジラと住友が茶碗を手にとって話し込んでいた。子供が二人で茶碗を物色しているのは何とも怪しげな風景だった。声をかけると偶然に出会った友人を見るような目をして驚き、一呼吸してから「なんだ、じゅんか」と言った。最初からの約束の場所で会ったのに二人は妙にびくびくしていた。作戦がいよいよ決行するので緊張しているのだろうか。それとも住友が動物の絵が付いた茶碗を持っていた照れくささなのだろうか。ともかくわたしも含め皆落ち着かない様子だった。
「一応、富田にも声をかけたから」クジラが言った。
「ええ? やばいよそれ」わたしは拒否反応を示した。
「オレが頼んだんだよ。まあ仲間は多い方がいいじゃないか」住友が頼んだなら仕方がないとわたしは思ったが、よけいな不安材料だ。
「人によるよ。スパイだったら筒抜けになるぜ」
わたしたちは富田を待っていたが一向にやってくる気配はなかった。
「どうせ、あいつ来ないよ」わたしは投げやりぎみに言った。
「ああ、来たら本当の仲間にしてやって、宝を分けてやってもいいのにな」住友が言った。
「富田にも言ったんだよ、加勢すれば宝を分けてやるって」クジラがさらりと言ったが、住友は見逃さなかった。
「おい、ちょっとそれまずいぞ、今日の計画のことは話してないんだろうな。それに宝のことも話したのか?」
「いや、あんまり。縁日行くから来られたら来いっていっただけさ」
「あんまりって、隠し場所なんか言ってないだろうな」
「ああ」クジラが鼻の汗を手で拭きながら言った。
「よし、最初から当てにしてないさ」
「じゃあ、出発だ」
「気勢でも上げるか」わたしたちは小さな声で「エイエイオー」と鬨の声を上げた。
わたしたちはお面を買わなければならなかった。だるまの置物屋と、キーホルダーなどの土産物屋の間にお面屋があった。わたしは一番安い月光仮面のお面を買ってお金を払っていると後ろから肩をたたかれた。振り向くと、林久美子と関順子だった。
「ああ、久美ちゃん、あれ関さんも!」わたしは肝を潰していた。
「あら、住友君と鯨岡君も一緒なの?」
「おう、おまえたち二人で来たのか?」住友が粋がって言った。クジラはいかにもまずいなという顔をした。
「そうよ、何でお面なんか買っているの?」
「まあ、いいじゃない、従兄弟のおみやげだよ」
「なんかウソっぽいけど、それよりじゅんちゃん、このあいだ今度おごるよっていってたよね」
「ああ、ギズの手当してもらったときのことか」
「そうそう、あんみつか、かき氷だったよね、でも今日は焼きそばでもおごってもらおうかな。いいでしょ?」久美ちゃんが率直に申し出た。
「いいけど」そう言って住友の方を見ると「だめだ」と声を出さずに口を大きくぱくぱくさせて意思表示していた。
喧嘩の計画は男だけしか知らなかった。林久美子は浴衣を着てきた。関さんは相変わらず柔らかそうにふっくらとしたブラウスとスカートだ。わたしたちはそのまま一緒に歩き始めた。喧嘩とはほど遠い、何とものんきな集団に見えた。「なんで、一緒になっちゃうんだよ」住友がわたしに言った。
「しょうがないじゃないか、ついて来ちゃったんだから」わたしは自分の意志でないことを主張した。
「喧嘩だろ、わすれたのか」
「ああ、わかってる」
通りすがりに金魚すくいとヨーヨーすくいの屋台をのぞいてみたが、連中の姿が見えなかった。
「今日はこないよ、焼きそば食べよう、腹が減ったよ」クジラが言った。
「まだ六時前だぜ、早いよ」
「それより、用意した物はあるのか」
「うん、縄とうどん粉に胡椒、神社に隠してある」
「よし」住友がどこかの親分みたいな口調で偉そうに言った。
「何、こそこそ話してんのよ」突然久美ちゃんが会話の中に入ってきた。「あんたたち、またへんなこと考えてんじゃないでしょうね」
「なんのことさ」わたしが訊いた。
「懲りずに、万引きするんじゃないでしょうね」久美ちゃんは健ちゃんから万引き事件のことを聞いて知っていた。
「冗談言うなよ」
「はら減ったよ、何か食べようぜ」クジラが繰り返した。
「さんせー」関さんのかわいげな反応でわたしたちは屋台を物色し始めた。
最初に目に入ったのは大判焼き屋だった。小倉あん、白あん、クリーム入りなど多くの種類を夫婦で焼いており、たくさんが仕上がってケースに並べられていた。その隣がチョコバナナやジャガイモ焼きなどという得体の知れない屋台が続いた。焼きそば屋は出来上がりのそばを盛っている最中でたいそう混んでいた。子供たちに混じって大人も物欲しそうな顔をして焼きそばのじゅうじゅうする音に見入りながら並んでいた。そのとなりのお好み焼きも人気があって行列が出来ていた。ちょうど焼きあがったようで中年のオヤジさんが忙しそうに鉄板上に作ったお好み焼きにソースや青海苔をかけているところだった。焼きそば屋のオヤジの額に丸い汗の粒が光っているのが遠くからでも見えた。キャベツと濃いソースが焼けている、それに紅生姜に鰹節、天かすとすべてのにおいが絡まってお好み焼きに引きつけられていく。
「お好み焼きにしよう」わたしが言った。
「メチャクチャ、混んでるよ」住友は待つのが嫌なようだった。
「夜は長いって」
「隣はすいてるぞ」クジラが水飴屋を指さして言った。
どういうわけかその隣の水飴屋は道路に水たまりでもあるかのようにぽっかりとあいており客がいなかった。だいだい色の模造紙に墨汁で「あんず飴」と書いた手作りの看板が立っていた。
割り箸を半分の長さにした棒に刺したあんずにとろけた水飴を巻いて氷の台のうえに整然と並べてある。中身はあんずだけではなくさくらんぼ、ミカン、スモモが色鮮やかに置いてあった。前列に並べられた果物の缶詰は外国製のようで、英語で中身の具を説明してあるようだった。売り子のおばさんの前には大きな金ダライのような入れ物があってそこには水飴がたっぷりと入っていた。おばさんは腕に金色のブレスレットをつけ、ふくよかな丸い手でスモモに棒を刺しそして器用に水飴を取って着色料で真っ赤なスモモにくるみ氷の台に置く動作を繰り返していた。
わたしは縁日に来ると売っているものよりも、そこの売り子のことを考えてしまう変な癖があった。おばさん若そうだけど三十代前半なのだろうか、ずいぶんおしゃれしているけれど結婚はしているのだろうか、どうしてこの仕事に就いているのだろうか。そんなことを考えながらずっとその動作に見とれていると、ほかのみんなも集まってきた。おばさんはわたしたちに向かって「ゲームもあるよ、当たればもう一本もらえるよ」そう言うとわたしたちの頭越しに遠くの客に「いらっしゃい、当たればおまけが付くよ!」と大きな声で呼び込みをした。だんだん客が集まりだした。わたしはそろばん塾の帰りに健ちゃんに買ってきてもらう甘酸っぱいスモモを思い出した。
「おばちゃん! スモモひとつ」わたしは勢いよく言って握りしめていたお金をつきだした。
「あいよ!」と言っておばさんはお金を受け取ると、氷の台にあるスモモをくるんだ水飴を一本取ってわたしに渡し「じゃあ、このゲームやってね」と商品ケースの前に置いてある円盤のようなゲーム機を指さした。
ゲーム機といっても子供が夏休みの自由研究の宿題で作った木製ルーレットのようなもので、軸をつかんで回すと中の矢印が回転し、円を一六分割ほどしてある何処かに納まる。その中に「はずれ」と「一本」「二本」「三本」の位置があり、矢印がそのどこかに収まるという代物だった。「はずれ」の場所がほとんどで「一本」の当たりは三箇所、「二本」の当たりは二箇所、「三本」の当たりは一箇所しかなかった。わたしはこの手のゲームで当たった試しがない。神様に祈りながら勢い込んで回した。
案の定「はずれ」で追加の飴はもらえなかった。
「坊や残念だね、またどうぞ」おばさんは機嫌良さそうに言った。坊やという言葉に少しこだわっていると「オレもやる」といいながら後ろから住友がわたしの背中を押しながら進み出てきた。やつは飴よりゲームの方に興味があるらしい、根っからのギャンブラーなのだ。住友はミカンを注文しルーレットに向かった。
「じゅん、こうゆうのはおもいっきりやらなくちゃだめなんだ。いいかよく見ろよ」自分はプロだとも言いたげに片手に水飴を持ちながらルーレットの木の軸をいじくり回した。
「関係ないよ、確率が悪すぎるんだ」わたしは言い返した。
彼が思いっきり回すと中の矢印はカラカラと乾いた音を立てて回り、スピードを徐々に緩めた後、青く塗られた地の色に白抜きで「三本」と書かれた場所に固定された。
「ヒヤッホー!」住友が叫んだ。
「やったね兄ちゃん、三本おまけ、何にしますか」おばさんが負けずに大声で叫んだ。「久美ちゃん、何にする?」住友が林久美子に向き直り注文を取った。
「いいの?」
「何でもたのめよ」
「じゃあ、わたしもスモモ」久美ちゃんが言った。
「関さんは?」
「じゃあ、ミカンお願い」関さんが幼児声で言った。
「クジラ、おまえもたのめよ」
「いいのかい、兄貴」いつの間にか住友は兄貴分になっていた。
水飴屋のおばさんが何で住友を「兄ちゃん」と呼びわたしを「坊や」と呼んだのかを考えていた。おばさんの三〇代の人生なんてもうどうでもよく、わたしはお好み焼きをやめて水飴屋を選んだことに後悔し始めていた。
「ありがと、住友君」久美ちゃんと関さんが水飴をなめながら言った。
「いいってことよ」住友は上機嫌だった。
わたしたちは水飴をなめながら、再び金魚スクイの屋台の方に向かった。みなスモモの着色料で舌と唇が真っ赤になっていた。久美ちゃんは赤く染まった唇が浴衣姿によく似合い、中学生か高校生のように見えた。水飴では腹は膨れないわたしたちは次に何かを食べようと屋台を探索しながらぶらぶら歩いていた。
「そろそろ別行動の方がいいんじゃないか」わたしは住友にアドバイスした。久美ちゃんたちは一緒にいると目障りだし、計画がばれそうな予感がした。それにこのままだと計画は実行されずに「復讐の縁日」がただの楽しい縁日に変貌してしまう。住友も承知していて「そうだな」と応じた。
「あのー、久美ちゃん、じゃあオレたち駅の方に行くから」住友が言った。
「えー、お好み焼きおごってくれないの?」久美ちゃんが甘えるように言った。
「もうすいてきたかも」関さんも一緒に行きたそうだった。
「こんどね」わたしが幼児を宥めるように言った。
「もう、帰るの?」
「いや、そうじゃないけど」
「ふーん変なの、じゃあまたあとでね」久美ちゃんが不思議そうな顔をした後ニッコリしながら諦めて言った。
久美ちゃんたちはお好み焼きの屋台の方に向かい、わたしたちは金魚スクイ屋の方に向かった。
そのとき突然、住友が「おい、やつらだ」と押し殺したような声で言った。「大勢いるぞ」とクジラが付け加えた。わたしはぎくりとして今までの空腹感が吹っ飛んでしまった。やはりその日は普段の縁日とは違うのだと改めて思った。
奴らは綿飴を食べながら神社の方に向かっていた。神社の近くには金魚すくいがある。わたしたちが立てた行動計画が現実味を帯びてきた。
豊島小学校の連中は、いつもの四人組に加えてあと数人が来ていた。
「まずいよ、大人数だ。今日はやめて遊んで帰ろう」クジラが弱気になってきた。
「うーむ、そうだな」わたしも同調しそうになった。
「冗談じゃない。今日じゃなきゃ、いつやるんだよ?」住友が怒りだした。
わたしたちは彼らを気づかれないように尾行を始めた。
小川と仲間たちは綿飴を食べ終わると、金魚すくい屋の前で足を止めた。予定通りの行動になるのだろうか。
「オレ、金魚すくいやるから、おまえたちどうする?」小川が言った。
「いっしょにやろう」いつもの四人組が行動をともにした。いつも見ない他の連中は別行動になった。
「おいチャンスだ、人数が少なくなったぞ。やめる理由はどこにもない」住友が言った。
「よし、決行だ」わたしも追従した。
「クジラ、神社で用意していろ」と住友が命令した。
「おう」と言ってクジラは神社に向かって駈けだした。
彼らは前の子供たちが終わるのを後ろで待っていた。しばらくして彼らの番になり、針金と薄い紙で作ってあるワッカの金魚すくいを手に持ち小川が桶の前に進み出た。
「おい、始めるぞ」と住友が言った。
小川が金魚すくいをまさに始めようというところだ。わたしは月光仮面のお面をかぶった。住友はひょっとこのお面だ。
「チャンス到来だな」わたしがつぶやいた。
「じゃあ、おまえやれよ」住友がわたしに言った。
「まさか、いいだしっぺがやれよ」わたしは反論した。
「言ってみただけだよ、心配するな」と住友が言い、実行犯になることになった。
住友は金魚すくいをやるようなふりをして小川の後ろに近づいた。小川はつま先を立ててしゃがみ込み、金魚すくいに夢中になっている。住友は無防備な小川のお尻の下に、そっと手を入れて持ち上げそして前へ強く押した。
「うわー!」小川は叫び声をあげ、金魚スクイの桶に頭を突っ込んだ。大きい体をそのまま倒れるようにあずけたので、四角い桶が大きく揺れ中の水と金魚がこぼれ出した。驚いてのけぞった客が後ろの客を押したため数人が将棋倒しになった。ヤツの仲間や同時に金魚すくいを楽しんでいた子供たちも水と金魚をかぶりあたりは大騒ぎになった。桶にあった半分以上の金魚が道にばらまかれた。住友とわたしたちは騒ぎに合わせるようにして後ずさりしてその場の様子を眺めていた。まさに痛快、大成功だ。異常な騒ぎに周辺にはいつの間にか人だかりができ始めていた。わたしたちは人だかりに阻まれ外に出られなくなった。
「金魚を桶に戻せ!」誰かが叫んだ。
「バケツを持って来い!」「桶に水を足せ」
「金魚を踏むな!」あちこちから怒号が飛んだ。
「おい、ぼうず何やってるんだ。きおつけろ!」金魚屋のおやじが小川に文句を言っている。
「後ろから押されたんだよ」小川が言い訳をしながら金魚を拾っては桶に戻していた。周りの子供たちも面白がってはねる金魚をつかんでは桶に投げ込んでいた。
小川は金魚を拾う手を止めて、後ろを振り返った。ひょっとこのお面をつけた住友を見ると「おまえ、お面取れよ!」とすごんだ。
「関係ないだろ!」住友が拒否したが完全に怪しまれていた。
「てめえ押したな」小川が言った。
住友は少しビビリながら「ちがわい」と言ったあと「勝手に転んでなにいってんだよ」と言い返した。
「お面の奴ら小川君の後ろにいたぞ」黒縁メガネのチビが叫んだ。
「だからどうした」お面をつけていたので強気にわたしが言った。
「てめえらちょっとこいよ」長谷川が言った。
「行くぞ!」住友が叫んで、それを合図に人混みを無理矢理かきわけて人だかりの外へ出ようとした。
「このヤロー、ちょっと待て!」小川は興奮して息を切らしていた。
わたしと住友はその言葉を無視して駈けだした。追いかけてくるかと思ったら彼らは躊躇していた。それを見て住友は挑発的に「ばかやろー、金魚代弁償しとけ!」と言い放った。それを聞いて彼らは、わたしたちが犯人であることを確信したのか、ものすごい勢いで追跡を始めた。
「きたぞ、神社だ」わたしと住友は猛スピードで神社に向かって走り出した。
空き地を通って突き当たりを左に曲がり、神社の階段を上がって、反対の出口に抜けると神社の庭の狭い道に向かった。彼らも懸命に追いかけてきた。小川を先頭に三人ぐらいの様子だ。
「いいぞ、作戦通りだ」
細い抜け道に来たところで、なわとびを用意しているはずのクジラに声をかけた。
「来たぞ、すぐ後ろだ」そう叫んでわたしたちはすぐそばの茂みに飛び込み、用意してあった水の入ったバケツを住友が、小麦粉入りのバケツをわたしが手にとって身構えた。クジラが茂みの中に待機していた。クジラは準備のとき楽しそうに木の枝にロープを巻き付け、高さを調節したりして、引っ張るタイミングを練習していた。失敗するはずはなかった。
「クジラ頼むぞ」とわたしは声を掛けた。
「まかしとき」とクジラが答え思いっきり引っ張った。ロープは地上二〇センチくらいのところにピンと張った。そしてその瞬間彼らが駆け込んで来た。最初に小川が縄に足を取られてつまずき、後から駆けてきた奴らは次々とその上に倒れ込んで行った。そのとき、住友が用意してあったバケツの水をかけ、そのあとわたしがもう一つのバケツいっぱい入っていた小麦粉を彼らにまぶした。小麦粉は長い間おいておいたせいか固まって放り出された。しかし彼らに命中すると、塊がいっぺんに砕け、白い破片となり、最後は粉になって巻き散らされた。周辺は白い水蒸気が上がったような状態になった。最後の仕上げにクジラが胡椒の粉を大量にばらまいた。
「なんだ、これは!」
「プハー、のどが詰まる」彼らは咳き込みながら涙を流しているようだった。
思いがけない攻撃で、先頭の小川は面くらい、小麦粉で目が見えずその場にうずくまった。頭を上げるとおもしろいように真っ白で目と鼻の穴の位置だけが確認できる顔になっていた。
「天ぷらを揚げる用意が出来たぜ」住友が勝ち誇ったように言った。
「さあ、引き上げるぞ」住友が逃走の指示を出した。胡椒の散布は良いアイディアではあったが、自分たちにもかなり被害があった。わたしもくしゃみと咳で顔が腫れ上がるようだったがお面が役に立ち大きな被害を最小限に食い止められた。
小麦粉と胡椒の攻撃は彼らを完全に戦闘不能にするはずであった。ところが小川は一瞬ひるんだもののすぐに立ち上がり追っ手を捜し始めた。
「このやろー、どこだ、出てこい」小川とその仲間たちは次々に立ち上がると体勢を立て直して再び追いかけようとした。しかし彼らは方向感覚を失い神社の周辺をうろうろするばかりだった。わたしたちは彼らに見つからないように茂みの中を横切り境内から電車通りを抜け再び縁日の雑踏の中に紛れ込んだ。
「もう、大丈夫だろう」お面を外しながらわたしが言った。住友もお面を取ったが胡椒の粉を吸ったせいか目が真っ赤に腫れ上がっていた。
「危なかったけど、なんとか成功だな」
「バケツとロープは明日取りに来よう」
「顔は割れてないはずだ」
「あれ、クジラは?」
「捕まったか?」
わたしと住友が思案しているとクジラのカエルのお面が遠くに見えた。何とか逃げ切れたようだ。
「あいつ何やってんだ、早くお面はずせってーのに」住友が舌打ちした。
最後は手間どったが、想像以上の成功にわたしたちはその日の成果にとても満足していた。いままでの胸のつかえがなくなった。
その日は意気揚々と帰ったが、本当はここからが事件の始まりだった。

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