第二章 山手線の崖

第二章 山手線の崖

1

わたしは約束の時間よりはるかに遅れて待ち合わせの空蝉橋に向かっていた。クジラは、わたしを見つけると勢いよく駆けだして来た。

「じゅん、遅いじゃないか。ずっと待っていたのに!」攻めたてる口調で言った。

「そんな時間かい?」からかうつもりで、わざととぼけてみせた。

「いままで、何やってたんだよ、さんざん待たせて」弾ませた息を整えながら口をとがらせた。クジラの少し黄ばんだランニングシャツとぶかぶかの半ズボンは汗と泥で汚れていた。額と鼻には汗が光っていた。クジラは興奮しているときはいつも汗の玉が野イチゴの房のように鼻頭に整然と並ぶ。手で拭うでもなくハンカチで拭くでもなく吹き出したままとどまっていた。

「わるいなクジラ、掃除当番のあと職員室でまた小言の続きがあってさ」わたしはクジラのだんご鼻にまだきちんと並んでいる水滴と極端に突き出した顎の形を観察しながら言い訳をした。

「一時間は待ったからな、この借りは返してくれよな」怒りを少しトーンダウンさせたが恩着せがましい調子だ。

その日は土曜日で、授業は午前中だけだった。前日まで続いた遅い梅雨の大雨による肌寒い空模様とは打って変わり猛暑の晴天になった。放課後はクジラとわたし、それに住友を加えたいつもの仲間三人で暑さしのぎも兼ね泳ぎに行くことになり、区民プール近くの空蝉橋で合流することにした。ところがわたしと住友はその日の授業を台無しにした張本人として、六年五組の担任に居残りの指令を受け職員室で絞られていた。長時間にわたる小言の拷問から解放されたときには学校中の生徒の姿は皆無で、人気のない校庭を炎威の頂点に達した日差しが執拗に照りつけていた。急いで家まで帰りランドセルを玄関に放り投げたあとプールの支度をして昼食も食べないまま飛び出した。

「住友はどうした?」

「オレと一緒に職員室で怒られていたから」

「スミもじゅんの道ずれか、つき合いがいいな」

「オレがスミにつき合ったんだよ」

区民プールで二時からの遊泳者入れ替えに並ぶ予定だったが、とうにその時間は過ぎていた。

「じゃあ、もう行こう。ついて来いよ!」落ち着き払っているわたしに、クジラが急かして言った。

「なにあせってるんだよ、もうすぐ来るから待ってようぜ」

「それどころじゃないんだよ」

「二時のプールはもう間に合わないよ、次の回まで待とうぜ」わたしは歩道の縁石に腰をかけながらのんびりとした口調で言った。

「プールじゃなくて、橋に行こう」

「いいよ、ここで待てば。スミは必ずここを通る」

わたしたちが押し問答をしていると、住友がアロハシャツに白いピチピチの短パンでバッグを肩に掛けチューインガムを噛みながらやってきた。

「おーい、お二人さん何もめてんの」

「スミ遅いぞ、テメーのんびりした顔して」クジラはわたしに責めたのと同じようなせりふを住友にもぶつけた。

「怒るなよ、クジラ。じゅんだって遅れたんだ、いいだろ」住友はわたしより反省していなかった。「それに、オレ昼めし食ってないんだから」クジラの叱責を無視して続けた。

「二時間も待たせたくせに、でかい顔しやがって!」待ち時間は倍にふくれあがっていた。

「おまえなあ、少し遅れただけなのに、物事大げさにする悪い癖なおせよ」

「悪い癖って、何のことだよ?」

「こないだ、クジラんちの床下に大トカゲがいるって言っただろ。行ってみたら背中が銀色の小さいトカゲがチョロチョロしていただけじゃないか」住友は右手の人差し指と親指で五センチぐらいの幅を作って見せた。

「おまえが見たのは子供のトカゲだよ、でかいのもうじゃうじゃいるさ。つまらないこと思い出すやつだ。何時間も待たせたくせに、話にならねえよ」クジラは大いに憤慨していたが、いつになく余裕があるようにも見えた。

「オレも腹ぺこだ。そこで菓子パンでも買って食おう」わたしが住友に言った。実際、相当に腹が減っていたことは確かだ。

「オレはメロンパンだな」住友が言った

「じゃあ、オレはコッペパンにピーナッツバターにするか」

「ことの重大さをわかっちゃいないよ、おまえら」

「クジラ、おまえは何にする? お詫びにおごってやるから」わたしはクジラに少し同情して供応を申し出、近くにあるパン屋に促した。

「あーのどが渇いた。冷たい牛乳ものみたいな」住友がのどをかきむしりながら言った。

「スミ、メロンパンに牛乳か? すかしやがって、オレは何たって飲み物はラムネだな」

「おまえら、買い食いはいけないんだぞ」クジラはわたしの予想に反して食い物の話には乗ってこず、二人の会話に反対の立場で割り込んできた。

「買い食いじゃないよ。昼めしだよ」

「ともかく、そんなものいいから来いよ。おまえらたまげるぞ!」

「慌てるなって、夏の午後は長いんだから」住友は宥めるように言ってパン屋の方に歩き出した。

「めしを食って、一息ついて、四時の回から泳ごうぜ」何を言っても聞かないクジラにわたしが提案した。

「ともかく暑くてたまんない、日陰に行こう」と住友が言った。

そして周囲を見回したが、太陽はまだ真上に近く手頃な日陰は目に入らなかった。

「だから、プールどころじゃないって! イッセンバシがすごいんだ」クジラはわたしの半袖開襟シャツの裾をつかんで走り出そうとした。

「やめろよ、行くから、わかったから」わたしは袖をつかんだ手を振り払った。暑さと空腹のせいかクジラのしつこさに嫌気がさしてきた。どうせたいした話じゃないくせに、いつもの思わせぶりが始まったと思った。

「じゃあ、もったいぶらないで、最初からちゃんと話せよ」

「昨日の大雨でさ、大変なことになってるんだ」クジラが喋り始めると住友が口を挟んだ。「昨日の雨でプールがあふれて入場禁止だとか?」

「プールに水があふれて、どうしていけないんだよ」わたしは笑いながら言った。

「橋が大変なことになってるんだ。おまえらだって目を回すよ」

「また、誰かが線路に降りて駅員に捕まったのか?」住友が少し真剣な顔をして訝りながら聞いた。

「オレ、十三年生きてきたけど、こんなに驚いたの初めてだよ。ほんとに別の景色になっちゃったんだ」クジラは口を横に広げ、目をまぶしそうにしかめながら同じ意味の言葉を繰り返した。

「わかった、わかった、最初から説明してくれ」住友がクジラの肩に手を回し、事故にでもあって怯える被害者を警察官がなだめるように話しかけた。

「だから、きのうの雨でイッセンバシの崖が崩れて・・・」

クジラは野球帽のひさしを後ろにしてかぶっているので、汗まみれの額には容赦なく日差しが照りつけていた。鼻の汗玉は限界を超えて形を崩し、したたり落ちていた。

「大雨で橋が流された?」わたしが仰々しく言った。

「山手線の線路が川になったってか」住友がわざとらしく目を丸くした。

「まさか、ふざけるなよ」クジラがまた口をとがらせた。

「イッセンバシ、フォーリンダン、フォーリンダン、フォーリンダン」住友がいきなり声変わりの始まりかけのテノールで歌い出した。

「昨日の雨で山手線が止まってるっていう話はまだ聞かないよな、じゅん」住友がわたしに同意を促すように、そして思いっきり不思議そうな顔を作って振り向いた。

「ああ、ぜんぜん聞いてない」

「電車は動いているけど、崖が崩れて橋のたもとから大塚駅のホームまでがつながっちゃってるんだよ」クジラが言った。

「じゃあ、山手線にただで乗れる?」住友が言った。わたしもまだクジラの話は信じられなかったが、もし崖が崩れたのだとしたらおもしろいと思った。

大塚駅の周囲は、ゆるやかな丘に囲まれている。巣鴨側では線路は土手の上を走り、高架になっている。逆に池袋方面へは丘陵の切通しの形で潜るように進み、いくつもの陸橋が架かっている。線路は平坦だが、その両側の道路は丘に沿ってなだらかな上り坂になっていた。

駅から空蝉橋に行くには、南口の改札を出て坂を上がっていけばよい。線路は池袋に向かって左側の二本が貨物用、右側の二本が山手線用だった。空蝉橋の南側の袂から貨物の線路までは急な崖になっている。道路には簡単な柵があり、崖を下って線路に降りられないように防護されていた。しかし、子供たちは柵の一部を壊して通り抜けられるようにしていた。目的は崖の途中に穴を掘って基地を作って遊ぶことや線路に沿って続く側溝に生息するザリガニ釣りだった。

ときおり線路に侵入した子供たちが駅員に捕まり、学校で朝礼の時に厳重注意がされることがあった。わたしたちも何度か柵をくぐり抜け崖を降りてザリガニ釣りをしたが駅員に捕まるようなへまはしなかった。側溝でのザリガニ釣りだけで、線路に入ることがなければ駅員たちもそれほど気にしてはいないようだった。ザリガニの体は赤みを帯びた暗緑色で、体長一〇センチほどあった。捕まえようとすると後方へいざる性質がある。捕ってきて水槽で飼ったこともあったがあまり好きにはなれなかった。

空蝉橋は豊島区内にあるが文京区からも近い。ちょうど区境であり豊島小学校と文京小学校の学区の境でもあった。橋の周辺には神社、公園、区民プールが集中してわたしたちの遊び場でもあった。橋梁そのものは遊び場であるはずもないが、橋の上でぼんやり山手線の行き交う様子や、大塚駅ホームの乗客の乗り降りを眺めていたり、並行して走る貨物線路を通る列車の台数を数えたりした。貨物列車は滅多にお目にかからないので、走行に出くわすと何故かとても嬉しかった。ましてや登りと下りが同時に行き交うのに出会うのは一年に一度あるかないかである。そんなときは「きっといいことがある」と流れ星に願うようにお祈りをした。霊柩車が通ると反射的に親指を中に入れてグーをするのと同じように、貨物が通ると本能的に橋に走り寄って台数を数え出した。列車の連結台数はだいたい四〇から五〇だった。たいてい搬送している荷物は石炭、重油、砂利とか材木だった。たまに馬や豚が乗っているのを発見するとわたしたちははしゃいで大いに盛り上がったものだった。

「イッセンバシの崖が崩れて、土がむき出しになって。行ってみればわかる」クジラはだんだんムキになってきているように見えた。

「へー、すごいなそれ。でも昼めしが先だ。腹が減って死にそうだよ」わたしが言った。

「そうだ、めしだ、めしだ、昼めしだ」住友も賛成した。

「おい、聞けよ、それだけじゃないんだ」クジラは急に背中を丸めると小声になってあたりを気にした。「土砂の中にすごいもの見つけたんだ」クジラが続けた。

「なんか出てきたのか?」わたしが訊いた。

「去年、埋めたセキセイインコの屍か?」住友が古い話を持ち出した。

「人間の死体とかならびっくりしてやるよ」わたしは他人事のように言い、早く空腹を抑えることとプールに行くことばかりを考えていた。

「まさか」クジラは肯定しなかった。

「だって、このあいだ世田谷で学校の帰りに小学一年生が誘拐されたってゆう事件があったじゃないか、オレあの子どこかで殺されて埋められていると思うんだよな、こわいなー」住友は両手で耳を押さえ天然パーマの髪を振り乱しながら怖がって見せた。坊ちゃん刈りのわたしも刈り上げのクジラにもまねできないポーズだった。

「ばかやろ、そんなことあるわけないだろ!」クジラが住友の奇想天外な発想に本気で怒りだした。

「クジラ怒るなって、いつものスミの悪い冗談なんだから」わたしは薄ら笑いをしながら言った。

「まあいいけど、度が過ぎるよ。スミが口を挟むと話が全然進まない」

「それで、何が出てきたんだって?」わたしは話を戻した。

「橋の上で崩れた土砂を見ていたら、ピカピカ光る物があったんだよ」やっと話に乗ってきそうな気配に安心してクジラは得意になって話し出した。

「わかった、このあいだ立川基地から盗まれた拳銃だ」住友がこのあいだの新聞記事に載っていた中学生による窃盗事件の話を持ち出した。

「てめー、ふざけんなよ」

「はいはい、わかりました。鯨岡君、つづきをどうぞ」住友が慇懃に謝った。

「ブリキ缶だよ!」クジラはさらりと言い放った。

「なんだ、ごみか」住友はがっくりと肩を落とす仕草をみせた。

「でも、中に何が入っていたと思う」興味を引かせるような上目遣いでクジラが問いかけた。

「がらくた、廃棄物?」わたしが常識的に答えた。

「クソ、ゲロ?」住友は中村錦之介のような端正な顔をしているくせに相変わらず言葉は品がなかった。

「まだ全部開けてないから、よくわからないけど、いろいろおもしろい物がありそうなんだ」クジラが言い訳しているように言った。

「だから、たとえば何があったのさ?」わたしと住友が同時に言った。

「野球カードとか、メンコとか、ベーゴマとか他にもいろいろあるみたい」クジラは頭の中でひとつひとつ思い浮かべ確認するように宝物の中身の品物を挙げていった。

「あるみたいって、それ今どこにあるんだよ」

「橋の下の草むらにあるよ。誰か探しに来ると行けないから隠し直したけど」

それを聞いて住友はクジラより先に駆けだした。たぶんどこかの子供たちが隠した宝物に違いない。わたしもすぐ後に続く。それを見てクジラは慌てて後ろからついてきた。野球カードはその頃人気がありわたしも集めている最中だ。住友はベーゴマが得意で自宅の菓子箱にいっぱい集めて持っている。ベーゴマは背が低いほど強いがひもを巻くのに技術が必要で、わたしたちの間ではかなり高度な遊びだった。クジラはメンコを集めるのが好きで自宅に何百枚も持っていた。自分のメンコを地面にたたきつけ相手のメンコをひっくり返すだけの単純なゲームだ。写真や絵によっては人気があり、収集の対象にもなっていた。

退屈だった夏休み前の数週間がとたんに楽しくなりそうな予感がした。

2

その年はカラ梅雨とかで、夜になってほんの少しのお湿りはあったものの、まとまった雨はほとんど降らなかった。六月も下旬になると気弱な雨期も去り、雨雲を見る日は完全になくなった。真夏のような暑さが始まり「いままでの気象観測記録をぬりかえる猛暑」とか「一ヶ月早い真夏の訪れ」とかの見出しが新聞紙上に見るようになった。学校ではクラスの教師が節水についてうるさく言い始めていたし、このまま雨が降らないと近々断水があるという噂も流れていた。当時はエアコンもなく、涼を取るには扇風機に顔を近づけるか、日陰で休むか、デパートに行くぐらいのことしか考えられなかった。放課後、学校帰りのわたしたちは照りつける陽射しからどこにも避難する場はなく、憔悴するからだをもてあまし乾燥して疲れ切ったナメクジのようにのろのろと進んだ。アスファルトの溶けだした道路を足を引きずりながら、冗談を言う気力も失い帰宅する毎日が続いた。背中に汗を呼び込むランドセルは午後の太陽で焼き付き輝きを失っていた。

ところが七月に入ったとたん、これまでは西日本だけだった集中豪雨が関東地方に移ってきたのだ。雨の降り始めには大人たちも「ちょうどいいお湿りだ」などと言っていたが、いつまで経っても雨は降り止まなかった。恐れていた集中豪雨が週末の東京を襲った。木曜日の朝から金曜日の夜まで大雨は続いた。一部地域での浸水のため金曜日の授業は四時間目で急遽中止となった。わたしたちは喜びのあまり狂喜の雄叫びをあげた。学校は高台にあったが校舎の玄関が一時的に浸水した。校内の雨水のたまった場所を通過するため平均台が持ち出され、帰宅する生徒たちは順番にその上を体操の授業のときにするように両手を伸ばしバランスを取りながら渡った。観葉植物のゴムの木も鉢が水に浸かり、雨期のジャングルを探検している気分に浸れた。わたしは一回渡っただけでは物足りず何度も平均台の上を往復した。たぶんこれは小学校生活でもっとも楽しい体験のひとつだ。それにその夜は変電所への落雷のため長い時間の停電があり、ろうそく生活ではわたしの作ったトランジスタラジオが役に立った。雨は夜まで続きその影響で大塚駅の近くの陸橋で崖崩れが起こった。

次の土曜日は、前日の授業中止騒ぎが信じられないほどの見事な晴天でいつもの猛暑に戻ってしまった。

3

そのときわたしは六年生で小学校最後の夏休みを迎えようとしていた。わたしは今でも橋のたもとに立ったそのときの光景が忘れられない。いつもは緑に覆われた急斜面がチョコレート色に変わっていた。目の前に崖崩れの土砂が広がっていたのだ。それまで見たこともない広大な荒れ地だった。

山手線の線路にかかる空蝉橋はしっかりと架かっていたが、川底のような橋の下を走る南側の崖が崩れ、橋から大塚駅のホームに向けてスキー場の中級コースのように傾斜が緩やかで幅広い斜面ができていたのだ。災害の前、崖は三角定規の鋭角で急な一辺であったが流された後は、もう一辺の緩斜面に変わっていた。崩れた土砂は線路に向かって流れており、先端はかろうじて貨物線の線路の数メートル前で止まっていた。線路近くには進入防止用の簡単な柵が設けられていたが山手線と貨物列車の運行には障害を与えていないようだった。崩れたばかりの焦げ茶色の土はむき出しで、まだ水気を帯びていた。橋の上から見下ろすと幾筋もの水が流れた跡がくっきりと見えた。

「川の跡だ」住友が叫んだ。

「転んだら下まで一直線だな」わたしが言った。

「よく滑りそうだ、段ボールとかがあるとおもしろいな」クジラはすぐに新しい遊び方を考えた。

「おりるぞ!」クジラが珍しく威嚇するような鋭い号令をかけた。

わたしと住友はクジラに案内されるまま立入禁止の立て札を無視して崩れた崖の上に立った。上から見ると斜面は遠目よりきつく見えた。しかし崩れる以前は草木の根につかまらなければ降りられないほどのもっと急な崖だったので、それを考えると適度な斜面であった。最初にクジラが腰を落として降りはじめ、続いてわたし、住友の順で進んだ。雨水が通過してできた、まだぬかるむ小道に足を取られながら、転ばないよう注意深く歩き、数分かかって土砂崩れの影響を受けていない橋の下の草むらまで降りた。橋の下には明らかに何か隠されているようなもっこりとした草の塊が認められた。「草をかぶせて、ここに隠しておいたんだ」クジラはそう言うと、覆い隠した草をはねのけた。そこには、小学生が一人で抱えてやっと持てるほどの大きさのブリキ缶が横に寝かせてあった。

「開けて見ろよ」住友がいった。

「もっと橋の隅に移そう、崖の上から丸見えだ」わたしたちはブリキ缶を橋の根本の日陰まで移動して中身を確認することにした。

ふたは簡単に開いた。クジラのいったとおりブリキ缶の上部にはメンコ、ベーゴマ、野球カードが無造作に押し込まれていた。その下にはタバコのピース缶にガラスのビー玉がぎっしりと詰められてあった。それにタバコとライターがビニール袋に包まれて出てきた。「しんせい」「ゴールデンバット」などの安物に混じって「キャメル」「ラッキーストライク」の外国タバコもあった。次にでてきた戦利品にわたしたちは歓声を上げた。新聞紙に何十枚も巻かれてブリキ缶の中に納められていたのは切手帳、マンガ雑誌、ヌード雑誌だった。切手帳にはかなり高価な古い切手類が収められていた。皆で中を覗いてため息をついた。

「切手趣味週間の『ビードロを吹く娘』があるよ」

「百円で売れるな」

「もっと価値があるさ」

「おい、これ見ろよ」住友がそう言って「ヒュー!」と口笛を吹いた。若い女性のヌード写真がたくさん載っている雑誌をぱらぱらめくっている。

すげえぞ。オレ、おっ立ちゃうよ」住友が言った。クジラもわたしも少し顔を赤らめたが同調した。わたしはその頃その手の写真は興味があったが苦手だった。とても面倒なような気がしたし、他におもしろい遊びはたくさんあったからだ。でも住友はそうではないらしい。

「これオレがもらうからな」住友がヌード雑誌を持ち帰ることを勝手に宣言した。

「スケベなやつだ、勝手に持っていけ」クジラが言った。

「スミ、それ家のどこに置くんだよ」わたしが住友の強引さにうんざりしながら訊ねた。

「安心しろ、オレのうちは広いんだからどこにでも隠せる、見終わったら、じゅんにも貸してやるから心配するなって」住友は自信たっぷりだった。

「そんなもん、いるもんか」わたしは恥ずかしさを隠しながら貸してもらうのを断固拒否した。

「おい、おまえら、ちょっと言っとくけど、これはオレが見つけたんだから。持ち出すのはオレの許可がいるからな」クジラが心配そうに言い出した。

「こんなにおまえ一人で持っていてもしょうがないじゃないか、まあ、みんなの共有財産ということで、オレたち仲間だろ」住友が聞いたこともない、猫なで声をひっくり返したような声で言った。

「ともかく、勝手な行動は許さない!」クジラが普段の様子には似つかわしくないキッパリとした言葉遣いで宣言したのでわたしは笑いそうになった。

「ああ、みんなで相談しながらやろうぜ、クジラちゃん」わたしはクジラが安心するように、そしてわたしたちが冷静さを取り戻すように言った。しかし、住友がいちばん底にあった油紙で包まれた塊を取り出し、キャベツの葉をはぐようにして中を開けると、わたしたちはもう一度歓声を上げた。しばらくして口の中にわき出して来たつばを二度三度と飲み込んだ。そこには万年筆、腕時計、ネックレスやブローチのような貴金属がメリヤスの白い布にくるまって丁寧にしまってあった。

「万年筆なんか、十本以上はあるぞ」クジラが叫んだ。

「おい、みせろよ」クジラから一本もらい、手に取ってみると重量感がある外国の製品だった。刻まれているマークから推測するとドイツのモンブランだと思った。以前からほしかった製品だった。腕時計も数個あった。本物かどうか計り知れないが、これも外国製のようで周りには金色の縁がまぶしく光っていた。

「オレ、これ一本もらうぞ」万年筆を取り上げてわたしが言った。

「オレは時計、三つ持ってくわ」クジラが言った。

「じゃ、オレもあと二本」わたしは万年筆を取って開襟シャツに押し込んだ。三本の万年筆は胸ポケットにずっしりと重かった。

「ちょっと、変だな」住友が言った。

「うん、子供の収集品にしては、ちょっとな」わたしも変だと思った。

「高級すぎるな。盗品かも知れない」住友が続けた。

「窃盗団の隠した物?」クジラは少し怯えるようにひそひそ声で言った。

「十分に、ありうるな」わたしも同意した。

「開けーゴマ!」住友が急に大きな声を挙げたのでクジラがドングリ眼をさらに丸くして仰け反った。

「おい、つまらないこと言ってないで、この後どうするんだよ」わたしが言った。

「今日はプールどころじゃないな」クジラが冷静さを取り戻しながら言った。

「そんなのわかってるよ、ともかく見つかるとまずい」と住友。

「見つかるって、誰に?」

「四〇人の盗賊」真面目な顔で住友が言った。

「ばか、いまごろそんな奴らいるもんか」クジラが真に受けて間抜けな返事をした。

「盗賊がメンコとか集めるわけないよな」

「じゃあ、誰が隠したんだよ?」

「わからない、でも子供だと思うよ。この崖に埋めて隠そうなんて発想は子供しか浮かばない。大人じゃできない。だろ?」住友は自分の推理を披露した。

「じゃあなんで、時計とか万年筆があるの?」クジラが訊いた。

「まあいい、どこかこれを運ぼう、じゅんおまえの家近いから隠しておいてくれよ」住友がクジラの質問をかわして、わたしにとんでもない要請をした。

「冗談じゃない、いやだよ。親に見つかったらなんて答えるんだよ」わたしははっきりと断った。

「それより住友、おまえのうち広いんだろ。隠しておけよ」わたしはすぐ切り返した。

「でも、兄貴と一緒だし。やっぱりまずいな」住友も宝のお土産にはもてあましているようだった。わたしと住友はクジラに目を向けた。訊く前にクジラが喋り出した。

「こんなに重い物どうやって持っていくんだよ。目立ってしょうがない。きっと誰かに見つかるのがオチだよ。それより、近くに埋めて隠そう」

結局その日は、橋の下に縦穴を掘ってブリキ缶を隠し、また後日安全な移動場所を考えることになった。穴を掘るために、わたしは家までシャベルを取りに帰り、三人がかりでずいぶん時間をかけてブリキ缶がすっぽり入る大きさの穴を掘った。

「たぶん水害はもう来ないと思うからだいじょぶだろう」

「ここは橋の下だし雨も防げる。絶対流されないよ」

わたしが万年筆と野球カード、住友がベーゴマをポケットに詰め込めるだけいっぱいとヌード雑誌、クジラは腕時計と切手帳を持って引き上げることにした。その日のプール遊びは延期になった。わたしと住友は昼食を取り損ねたことはすっかり忘れていた。

強かった陽射しはもう西に傾いて弱々しく照り返し、橋の下を抜けていく風が火照った体に気持ちよかった。

「じゃあまた明日ここに来よう」

「うん、宝を何処か安全な場所に移そう」

「おいクジラ、独り占めしようなんて考えるなよ」

「何言ってるんだ、オレが最初に見つけておまえたちに教えてやったんだろ。おまえたちこそ変なこと考えるなよ」クジラが反論した。

「これは三人だけの秘密だ。誰にも話すなよ」住友がたいそう偉そうに言った。

「当たり前だろ。それより、隠し場所だ」

「オレもいい場所考えておくよ」そう言ったが当てなどなかった。住友の半ズボンのポケットにはベーゴマがいっぱいつまっており歩き方はがに股になっていた。

4

二人と別れ、手に入れた万年筆と野球カードに満足しながら帰途についた。三本の万年筆の重みはものすごく、シャツの胸ポケットを大きく広げていた。見つからないようにズボンのポケットにしまい直した。

わたしの家は橋からは近かったが学校からは最も遠く校区の辺境の商店街にあった。商店街はかなり大きくて百店以上が集まっていた。シャーロックホームズがロンドン・ベーカー街の店舗を隅から隅まで覚えていたというのを聞いて、わたしは毎日、学校からの帰り道に歩いて通る店の順番を記憶にとどめる遊びをしていた。順路は布団屋から始まって菓子屋、八百屋、延々と続き花屋、靴屋、水道屋、肉屋、中華料理店、パン屋、貸本屋、乾物屋そして自分の家の洋品店で終わった。わたしの家は商店街の中でもかなりに繁盛していた店だった。父親はわたしが小学校に上がる前に亡くなり母親一人ですべてを切り盛りしていた。母親は洋品店の仕事に忙しくわたしにかまうことはほとんどなかった。だからたいていのことは自分で始めて自分で解決した。そんなに難しい問題はなかったし、あっても仲間か先輩に相談すれば何とかなった。まあ、学校生活以外の大半の時間を自分の自由に使えることに満足していた。母親の生活力にはいつも驚嘆しながら感謝し尊敬もしていた。いろいろなものが欠けてはいたが、十分に満ち足りた日常だった。

商店街には小学校同窓生の店もたくさんあった。高校生の先輩の良ちゃんの家は乾物屋だった。おばさんが店をやっていて毎朝早くに河岸へ買い出しに出かけていく働き者だった。並びの國ちゃんは布団屋だ。商売上手という感じですべてに如才なかった。我が家の隣は中学生の健ちゃんの家で、この辺では珍しいサラリーマン家庭だった。健ちゃんは親父さんと二人暮らしで、わたしと同じ片親同士のせいかとても親しくしてもらい毎日のように出入りしていた。近くに嫁いでいる姉の珠恵さんが健ちゃんの母親代わりだった。留守がちの親父さんに代わってずっと弟の世話をしている。珠恵さんは忙しい母親にかまってもらえないわたしを見かねて「もう一人の弟みたいなものだから」と言い面倒もよく見てくれた。

よく通ったのは布団屋の隣の貸本屋で、年のいった夫婦が運営していた。オヤジはいつも機嫌が悪く子供たちを客とは思わず馬鹿にしていた。おばさんは、メガネをかけた色っぽさのみじんもない乾燥芋みたいな人で何もかも事務的だった。よっぽど世の中おもしろくないのだろう。こちとらそんなことは関係ないので借りたい本を借りてさっさと引き上げてくるのが常だった。

パン屋のねえちゃんはたぶん訳ありだと思った、一度結婚したはずだったがまた戻ってパン屋の手伝いをしている。パン屋は育った家なのだが居心地が悪そうだった。わたしには優しかったが、大きな涙が落ちそうな目で「いらっしゃい」と言う声もか細く出戻りの悲哀をよく表していると子供心に感じた。

花屋ではどういう訳か卵を売っていた。お使いで店の卵を買いに行くとおばさんはいつも食事中だったのか口をもぐもぐさせて店に出てくる。そして花など買ったことがないのに「じゅんちゃん、今日は何の花にする」と子供にも愛想が良かった。

炭屋と氷屋を兼ねたおやじさんはいつも店前の道路で作業をしていて、学校帰りに声をかけるので嫌いだった。「テストどうだった?」とか「運動会どうだった?」と顔を見ればいろいろ聞いてくる。落語をやらせたらさぞ上手そうに思える志ん生ばりの江戸弁で「あすんでばかりいるなよ」が口癖だった。

八百屋は比較的あとから引っ越してきた、おやじは阪神タイガースの村山実にそっくりだった。あまり言葉を交わしたことはないが、話す関西弁にはものすごい違和感があった。ねじり鉢巻きでせっせと働いていたが、賭事が好きで借金が相当あるという噂だった。うちの母親も金を貸したきりまだ返してもらえないと言っていた。

数件先のお菓子屋もあっという間に開店と思ったら、いつの間にかいなくなってしまった。女将さんはいかにも商売の素人というような中年の美しい女性だったが、二号さんだという噂だった。わたしにはとても親切でお菓子を買いに行くとたくさんおまけしてくれた。開店してしばらく後、本妻らしき人が来て店の前で大きな声で喧嘩をしていた。家に帰り母親に何の騒ぎか聞くとほっときなさいと何ともそっけない返事であった。子供のわたしでも明らかに長く続かないとわかるお店であったがすぐ店をたたみ、そのあとに鯛焼き屋が入った。鯛焼き屋には同じ年頃の子供がいたが、案の定、校区が違うのでほかの小学校に通っていた。三人兄弟がいてよく遊んだが、泣かせてばかりいるから遊ばないでくれと言われ長いつきあいにはならなかった。また、そこも数ヶ月で転宅し異なる店舗に変わった。

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