3章 頼れる先輩(後半5~7)

第三章  頼れる先輩

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健ちゃんの中学校での評判はよろしくなかった。勉強もできないし札付きの不良だという。背が高く肩幅が広い。少し長い髪をリーゼントにまとめている。たしかにサングラスでもかければいっぱしの不良という風貌だ。わたしも中学生になったら坊ちゃん刈りはやめて健ちゃんのように長い髪にしたいと思っていた。同級生の話だと、勉強は算数だけが極端に苦手なだけであとは問題ないらしい。わたしから見ても健ちゃんは音楽にはやたら詳しいし、本もたくさん読んでいた。小学生の頃から英語だって詳しかった。ラジオだって一人で作ってしまう。何故こんなに頭のいい人が学校で勉強ができないと言われているのか全く解せなかった。両親は早くに離婚して父親に引き取られ二人暮らしだった。わたしもつきあいは長いが健ちゃんの母親の記憶はない。父親が出張の時は、結婚して近くに住む姉さんの珠恵さんが食事を作りに来てくれた。珠恵さんが来られないときは一人で夕食をとることがあるようだった。

その年の正月、子供たちだけで寄せ鍋をやったことがある。健ちゃんの父親は正月三ケ日いただけ出張に出かけた。一人の食事はつまらないと言うので、近所の子供も入れていろいろな食材を買い集め鍋料理を作った。なんでもひとりでやることが多いから自然に料理上手になったそうだ。

なべ料理は簡単だといっていた。暖房用も兼ねている火鉢を熱源に,材料を入れたなべをかけ煮ながら食べる。子供たちだけで火を扱うのは父親からは厳禁されていたが、健ちゃんは手馴れたものでガスより火鉢のほうが安全だといっていた。土製の浅いなべの中で味をつけながら野菜や肉を煮る。中には白身の魚,イカ,エビ,練製品のかまぼこ,はんぺん,野菜はネギ,ダイコン,ハクサイ,シュンギク,たけのこ、キノコ類,ほかに焼豆腐や白滝を入れた。

寄せ鍋の中身はみんなでバラバラに買い物に行って、好きなものを入れる。闇鍋は、絶対おいしくなくなるからやめようと言うことになった。以前やったとき、チョコレートやバナナを入れたやつがいて結局最後は食べられなくなったそうだ。わたしの担当は乾物屋で、糸こんにゃくを買いに行ったが売り切れだった。乾物屋のおばさんの推薦で春雨にした。みなで買ってきた食材を健ちゃんが手際よく料理して感動するほどおいしい鍋を作ってくれた。

健ちゃんの部屋にはわたしが欲しがっていたギター、ステレオアンプ、レコードの束、テニスラケット、グローブにミット、何でもあるのがうらやましかった。親父さんが忙しくて、相手をしてくれないときに欲しい物をねだれば何でも買ってくれるそうだ。「おみやげで騙されてたまるか」と言うがわたしにとっては理想の父親とも思えた。

親父さんから昼飯代をもらうこともよくあるらしく、そのお金でそば屋につれて行ってもらった。壁に貼ってあるメニューの中で一番安いのを頼もうとしてそのまま読み上げ「もりかけ!」と言って健ちゃんとお店の人に笑われた。

「もりとかけは別物だよ、じゅん、遠慮するな」そういって、天ざるをとってくれた。ともかくわたしの知らないことを山ほど知ってる。

少なからずわたしは健ちゃんの影響を受けていた。音楽が好きになったのも、野球を始めたのも、ラジオ作りを始めたのも健ちゃんの影響だった。自転車で秋葉原に連れて行ってもらいラジオの部品を初めて買ったのも健ちゃんと一緒だった。鉱石ラジオやトランジスタラジオを半田ごてを使って組み立る方法も教わった。でも、何と言っても最も健ちゃんを尊敬するのは西洋通つまりアメリカかぶれであることだった。ポール・アンカよりエルビス・プレスリーの方が偉いというのを知っていた。ロサンゼルスをLAという。当時のテレビドラマ「パパは何でも知っている」のアメリカでの原題が「ファーザー・ノウズ・ベスト」だとも言っていた。こんなネタどこで仕入れてくるのだろう。

ギターが弾ける。始めたばかりのようだったけれどわたしには上手に聞こえた。チューニングのやり方とドレミの押さえ方を教えてもらった。コードをいくつか教えてもらったがわたしの指の長さではガットギターのネックは太すぎた。軽音楽のレコードをたくさん持っている。レコードプレイヤーは自分で改造した糸ドライブとかでわたしには触らせてくれなかった。レコードは特に大切にしていて、蟹の足のように長い指を器用に使って決して表面に手の油をつけることはなかった。少しでも汚れるとフエルトで包んだカステラのような埃取りで表面を丹念に拭く動作を繰り返していた。ハイファイセットのスピーカーがものすごく大きい。アンプの内部の赤いヒーターの灯った真空管は、いかにも暑くヒートアップして最高級の音を醸し出しているように思えた。レコードは多種で流行のポピュラー音楽とクラシックそれにアメリカの黒人の音楽というジャズもあった。わたしもいつか自分のレコードが買えたらと思いながらラジオのヒットパレードを聞いていた。

運動会ではリレーの選手でいつも花形だった。騎馬戦の大将で、仮装大会では一番人気だった。それに喧嘩が強い。正月休みの時、公園で揚げていた凧と隣の豊島小学校の校庭で揚げている凧が空中で糸がからまってトラブルになった。相手の学校に押し掛けて喧嘩になり、何人もの相手を一人でこてんぱんにしてやっつけたという伝説は有名だった。それ以来、文京小学校と豊島小学校の連中とはそりが合わなくなっていたが、健ちゃんの活躍はあげればいとまがない。

7

月曜日の放課後、わたしたちは健ちゃんの家を訊ねた。

「よう、おそろいだな」健ちゃんが、慈愛に満ちた笑いを伴って玄関から出てきた。商店街では珍しいサラリーマンの一戸建てだ。

「まあ、あがれや、今日は誰もいないし遠慮するな」関西出身ではないと思うのだが、うれしいときにはへんな大阪弁になる。健ちゃんを信用しないわけではなかったが、宝物の件は伝えないで、切手の処分だけを相談することにした。それがわたしたちの事前の打ち合わせだった。

応接間を通り抜け部屋に入れてもらうと、シングルベットと大きなステレオのスピーカーそれにギターが目に入った。

「すいません。おじゃまします」住友とクジラが言った。健ちゃんは、わたしとは近所づきあいだが、彼らは初対面に近いので敬語を使っていた。

「すごいですね、ギター二本もあんですか?」住友がウエスタンギターとガットギターを見て訊いた。

「ああ、本当は電気ギターがほしいんだけど、高くて買えないんだよ」

「そんなものあるんですか」住友が両手を広げながら驚いて見せた。

「そんなこといいから切手帳を出せよ。おまえら切手売りたいんだろ」

「はい!」クジラが背筋を伸ばして答え、緊張しているのか神妙な顔で三冊の切手帳を差し出した。

健ちゃんは一冊づつ丁寧に中身を点検した。ずいぶん長く時間がかかったような気がした。自分の引き出しからピンセットを取り出し、引き抜いて後ろを見たりしていた。切手の相場表の本を出してきて現在価格を確認している。そしてやっと言葉を発した。

「これ誰の切手帳?」

不意に訊かれたので、わたしたちはちょっと返事に詰まった。わたしと住友はクジラの方を見た。

「ぼくのです」クジラが言った。

「よく集めたな」健ちゃんは切手帳から目をはなさずに低い声で言った。

「ええ、発売の時には必ず郵便局に並んで」

「古いのはどうしたの?」

「えーと、友達と交換したりして」クジラはもじもじしながらわたしの方に助けを求めるような視線をきれぎれに送ってきた。しかしどうしようもない、下手な手助けをするよりここはクジラに任せるしかないと思った。

「それは嘘だな」

「はあ?」クジラは素っ頓狂な声を上げた。

「とてもこんな珍品を小学生に買えるはずがない、親父さんが持っていた物とかならわかるけど」健ちゃんがやっと切手帳から目を離してクジラに向かって言った。とうとうわたしは我慢できなくなって「そうそう、クジラの親父、切手収集が趣味で古いのいっぱい持てるんだよな」そう言ってからわたしは取り返しのつかないことを口走ってしまったことに気がついた。クジラの親父さんは死んだって聞いている。でもたぶん健ちゃんはそんなこと知らないだろう。後はクジラがわたしの話を受けてうまく合わせてくれることを祈るだけだった。

クジラは眉間にしわを寄せ、下を向いて何も答えなかった。

「じゅん、これ売るのはもったいないよ、自分で持っていたらどうなんだ。すごく価値のある切手がいっぱいあるぞ」健ちゃんはわたしに向かっていった。

「どうするんだ、クジラ、おまえ金が必要なんだろ、今月の給食代が払えないって言ってたじゃないか」わたしたちの嘘はどんどん積み重ねられていった。

「もう、切手集めるのやめたんです、だから売っちゃってもかまわないんです」わたしの発言を受けて、クジラがうつむきながら目に涙をためそうにして言った。

「そう」健ちゃんは深く息をしてから言った。

「健ちゃん、こないだ池袋の切手屋で売ったって言ってたじゃないか、その場所教えてよオレたち自分で行くから」わたしが言った。

健ちゃんはしばらく考えた後

「その切手帳オレのなんだ」といった。

「えっ?」わたしたちは顔を見合わせて絶句した。

「オレのなんだよ。どこで見つけたんだ?」

誰も答えなかった。

「この間、盗まれたんだ」健ちゃんは少し大きな声で畳みかけるように言った。

「そんな、バカな」

「バカとは何だよ。ちゃんと答えろよ」

「健ちゃんのだって証拠はあるの?」わたしは思い切って反論した。

「そのはオレが何年もかかって集めた切手帳だ、見ればすぐわかる」そう言って鋭い視線をわたしに向けた。

「だから、クジラが集めて・・」みな押し黙っているので、わたしが言い訳をしようとすると間髪を入れず「どこで手に入れたんだ!」健ちゃんが切手帳を机にたたきつけながら怒鳴った。わたしたちはその迫力に押されて全員座ったままキョウツケの姿勢になっていた。

もう、本当のことを言わなくてはだめだとわたしは覚悟を決めた。そして切手帳はメンコやベーゴマと一緒に空蝉橋で拾ったことを健ちゃんに話した。ただ、時計と万年筆と貴金属も同時に見つけたことは黙っていた。それを聞いて健ちゃんはそれまでの気取った表情を消し柔和な顔に戻した。わたしたちもそれを見て安堵した。

「アハハ、そうゆうことね、わかった、わかった」うれしそうな笑みを浮かべていた。

「・・・」

「おまえらいいヤツだよな、かんしん、かんしん」

「ありがとございます」クジラが意味不明なお礼を言った。

「いやあ、わるい、いまの話はウソだ」健ちゃんはあっけらかんと言った。

「はあ?」また、クジラが素っ頓狂な声を出した。

「だから、これはオレの切手帳じゃないから安心しろ」

「それって、どうゆうことですか?」

「ちょっと、からかってみただけだって」健ちゃんは笑いながら言った。

「え?なんだって、そんな」住友が最初に反応した。

「だって、おまえらがこんな高価な切手を持っているわけないじゃないか」

「えー、人が悪いな」わたしとクジラは素直に和解したが住友の態度は少し違っていた。

住友はとくに仲間以外にはシニカルでカッコをつける癖がある。騙されたと思うとこだわりができて気持ちを切り替えられないのだろう。わたしも同じ気持ちだったけれど健ちゃんなら許せるという感じがした。それにわたしたちだって切手帳を拾ったことを隠していたのだからおあいこだ。ブスッとしている住友に助け船を出した。

「おまえ、レコード貸してもらったら、健ちゃんいいのいっぱい持ってるよ」

「いいよ」

「気に入ったのもっていけよ」健ちゃんは押入からアメリカンポップスのドーナツ版をどっさり持ってきて住山の前にさしだした。

目に留まったのは怖い顔のおばさんがこちらに向かって笑っているジャケットで、曲名とか歌手名は英語で意味不明だったが、下に大きくMGMと書いてあるのだけがわかった。

「これなあに」

「コニー・フランシスの最新版だよ、聞くか」

「うん」

出だしは人を馬鹿にしたようなやる気のない女性コーラスが「イヤン・イヤン・イアー・イヤン・イアー」と歌いそれに単純なスネアドラムが続いた。ステレオアンプの迫力は相当なものでベースの重低音が腹に響いた。歌が始まるとどんどん音程があがっていっていつまで登っても登り終わらない螺旋階段ような上り調子の曲だった。

When you left me all along

at the record hop

told me you were going out

for a soda pop.

途中のギターの間奏はとてもしゃれていた。こんなギターの音は聞いたことがなかった。演奏方法もピックが流れるようで新鮮だった。

「このレコードで使ってる楽器、何なの?」

「電気ギターだよ」

「電気?」

「アンプにつないでつかうのさ、いい音だろ」健ちゃんは音楽に合わせ手足を揺すりながら髪に櫛を入れた。

「弾いてみたいな」

「オレも買いたいけど、高いよ」

「曲名は」

「カラーに口紅」

「口紅の色がどうかしたの?」

「あはは、オレもわかんないけど、口紅が男の襟についててヤキモチやいたって話じゃないか」健ちゃんは嬉しそうに乾いた笑いを発した。

「でも借りたら福井さんが聞けなくなりますよ」住友が気を使っていった。

「いいよ、オレはテープレコーダーがあるから」

「テープ?」

「うん、テレコ、よく聴く曲は並べて録音してあるんだ」

その当時まだ珍しかったテープレコーダがあった。五インチのオープンリール型だ。

「へえ、録音できるの、何でも?」

「何でも。音楽でも、話でも、鳥の鳴き声でも」健ちゃんは得意になっていろいろ並べ立てた。

「おならもできるの?」わたしが訊いた。

「お前、変なこと言うな。もちろんできるさ」

「クジラ、おならしろよ」住友が少し機嫌を直しながら言った。

「すぐでるもんか」

「録音開始」

「プー」クジラが無理してやった。器用なヤツだ。

「録音できてるかな?」健ちゃんがそういってテープを止め、巻き戻し操作をして再生してみると「プー」と言う音が忠実に再現されたあと、みんながどっと笑う声が収録されていた。

健ちゃんの家で遊んでいるうち夕方になってしまった。わたしたちは、切手帳を持って池袋の買い取り業者の店に行くことにした。その店は池袋の東口繁華街のハズレにあった。

健ちゃんの家から水窪通り商店街を通り抜けていった。水窪通り商店街は地元の坂下商店街とは異なりよそよそしく見える。これは客観的な見方ではなく、わたしの地元から離れるためにそんな感じがしたのだろう。たまに買い物に行ったりすると異国に入り込んだような気もした。そこは豊島区でもあり、国境の南、異国であった。

駄菓子屋には地元では見かけない不思議な品物が置いてあった。たとえば、さん孔テープの使い古したもの、何の役にも立たないが魅力的だった。輪ゴムが茶色ではなくて緑色だった。黄粉にまぶした餅のような菓子で、中に豆が入っているともう一つもらえるのが嬉しかった。透明に近く透き通ったロウセキも魅力的だった。近くの駄菓子屋より新鮮でしゃれていると感じた。味付けのおふに杏を乗せた菓子には飽き飽きしていた。それに驚異的で何より美味だったのは、赤紫に輝く甘酸っぱいスモモだった。メンコやベーゴマの種類も新しいものがあった。変わったものを持っているとみんなから一時の尊敬を得られる。だからそこでは外国から来た買い付け商人のような気分になり、あるだけの小遣いを使ってしまうことがよくあった。

水窪通りを抜けて不忍通りに出ると大都会という感じだ。池袋駅まで行く大通りの途中に、電飾で照らされたタイルの小さな池を入り口にあつらえたダンスホールがあった。時間によっては噴水が吹き出していることもある。ときどき派手な衣装で着飾った男女が入っていくのを目撃していたが、その当時は何の興味も持てなかった。それより隣のジャズ喫茶というかロックの生バンド演奏が聴けるホールの「ドラム」があって、そこの方が気になっていた。健ちゃんはときどき先輩たちと行っているようだ。中学生になったらつれていってくれることになっている。何しろすごいところだそうで出てくる人々は口々に「頭くらくらになったぜ」と言っている。

クラブ、バー、キャバレーがおり重なりネオンで眩しい通りを抜けると、急に暗くなり赤提灯の店がちらほらある細い道に出る。

「暗いな、ここなんだ」わたしが言った。

「どやがいか?」とクジラ。

「ばかだなあ、のみや街だよ」住友が言った。

「でも、安宿みたいなのがたくさんあるよ」クジラが反論した。

「ああ日雇いの泊まるとこだ」住友が解説した。

「今度、家出したとき来ようかな」クジラが深刻そうに言った。

「おまえ家出なんかするの?」

「ああ、家族と喧嘩してとびだすんだ」

「どこ行くの?」

「いくとこないから、すぐ戻るけど」

「だらしないの」

「だから、こんどここに泊まろうかなって」

「おい、小学生おことわりって張り紙があるぜ」

「えっ、どこに?」

「うそにきまってんだろ、ばか」寄席の漫才にも似た二人の会話にわたしはいつもあきれていた。

「おい、ここだよ、入るぞ」健ちゃんの威勢のいい声がした。

切手収集家を相手にする店は、古びた木造の宿屋と質屋の間にこぢんまりと構えていた。中に入ると、客がたくさんおり、その中には小学生らしき者も数人いた。周囲と対照的に中は明るく人いきれで暑かった。店内は静かで、客はあまり会話もせず、ショーウインドにある高価な切手を見ている者がほとんどだった。ときおり売る値段の交渉を店の主人らしき男とぼそぼそ話している声がようやく聞き取れる程度だった。

一度に大量に売っては怪しまれると言うことで、その日は小手調べに二十枚程度を売った。それでも二千円ほどになった。健ちゃんが店の親父と交渉をしてくれたおかげもあって怪しまれもせず、かなり良い値で引き取ってくれた。その当時のラーメンが五〇円くらいだったのでわたしたちにとって見れば相当の小遣いだった。代理人の先輩に手数料を払おうとわたしが提案したが健ちゃんは固辞した。それではと言うことで、近くの「さんぷく」と言う甘い物屋でおごることになった。あんまん、ところてん、アイスクリームを腹一杯食べてわたしたちは満足し家路についた。健ちゃんは「友達と合流する」と言いのこしてネオンが眩しいパチンコ店に消えた。そのあと三人で池袋のローラースケートセンターに行って遊び、ゲームをしているうち結局、切手を売ったお金はすべて使い果たしてしまった。

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