3章 スイカ泥棒(5)

5

わたしたちは墓場に適当な隠し場所を見つけられず遊び場を隣の雑司ヶ谷公園に移した。確かに公園の方が墓場よりは気が楽だった。

「ここの石塀なら安心だろ、クジラ」そう言うと、住友は石段に上った。住友はどうしても塀渡りの続きがやりたいようだった。そして石段から始まる公園の周囲を巡るに塀に上り軽快に渡り始めた。墓場と同じようにわたしがその後に続き、クジラの順でついてきた。公園の石塀は頑丈そうだが片足の幅しかなくやや高いのでスリルのある行軍となった。公園にある遊具の木道と同じ遊びだが、わたしたちは子供用に作った遊具には何でも不満だった。お膳の上に整然と出された和菓子には見向きもしないが、食べかけの駄菓子には手を出すというひねくれた性格だった。何かそこに大人の策略を感じてしまう。策略と言ってもそれは大人が我々を安全に楽しませてくれようとする善意の意志なのだが、それが気にくわないと言うところだろうか。

「その桜の木に飛び移るぞ」住友が勢いよく叫んだ。

塀の上からその桜の木の枝までは、一メートルほどあるが、飛びつくにはちょうどいい枝振りで何の問題もなかった。飛びついたら逆上がりの要領で枝に上がり幹の方に進むか、懸垂のまま進むかしかなかった。枝の下は、ぬかるみでちょうどよいクッションにはなるが罰を受けなくても落ちれば泥だらけになることは間違いない。

最初に住友が跳んだ。次にわたしが無事に枝に飛びつき幹までたどり着いた。最後にクジラが跳んだとき、ジャンプの距離が足りなくて桜の木の先方に飛びついたため、枝は重さに耐えられず大きく撓った。「バキッ」という音がしたが枝はひびが入っただけで折れてはなかった。クジラは懸命の形相で折れかかった枝をわたり幹までたどり着いた。

「簡単すぎて、あくびがでらあ」桜のわたりになんとか成功した余裕かクジラは大きな口を利いた。

次に塀から屋根に上がった。建物は平屋で公園の管理棟だった。屋根は平坦なコンクリートのため気楽な行進が続いた。管理棟が終わると隣は一般の民家のようだった。

「もう、公園に戻ろう」単純な遊びに少し飽きが来てわたしが言った。

「いや、次だ」そういって住友は民家の屋根に飛び移った。

「人が住んでいるぜ」わたしは少しまずいかなと思ったが住友に続いた。

「ああ、だから慎重にいけよ」

トタン屋根なので音がうるさい。足音が靴の裏にへばりついているようだった。もう歌は唄わずに静寂を保ち、這いつくばって前進した。わたしがトタン屋根の継ぎ目に半ズボンの裾をひかっけてすべった。クジラがそれを見て立ち上がった瞬間、バリバリッと言う大音響が響いた。クジラの足首が腐ったトタン屋根を完全に踏み抜いている。

「どうせ、ぼろ屋だかまわねえよ」住友が言った。

そのとき戸が開く音がして、家の中から人が出て来た。

「誰かでてくるぞ」たぶん家の住人だろう。

「伏せろ」物音を立てずに身体を硬直させた。自分でつばを飲み込む音が聞こえた。

「クジラ、猫の鳴き声だ」住友がクジラにしわがれ声で命令した。

「ニャーゴ!」クジラが絶妙の鳴き声をまねした。

「誰かいるのか?」大人の怒鳴る声がした。

わたしたちは屋根の上にへばりついて身を隠した。クジラは足首をトタン屋根につっこんだまま伏せているので体が痛そうだ。苦痛を耐えているような顔が妙にひずんで見えた。人が家の中に戻るのを確認してわたしたちは安堵した。

「隣の屋根に飛び移れ」わたしたちは音を立てずに注意深く移動した。

今度はトタン屋根ではなく立派な瓦屋根だった。瓦を割るのにはさすがに気を引けてわたしたちはゆっくり前進した。その先にはもう平屋の家がなくわたしたちの遊びは終わるかに見えた。

「飛び降りるぞ」屋根からは三メートルほどあり勇気が試される高さだ。住友が最初に飛んだ。下は芝生のようだったがかなり怖い。わたしは「神様!」と心の中で叫びながら目をつぶり、歯を食いしばって一気に飛び降りた。着地すると体全体がジーンとなり全身総鳥肌になった。上を見るとクジラが考え込んでいた。

「さっき挫いたところが痛くて無理だよ」いつのまにか擦り傷が捻挫に変わっていた。

先に降りたわたしたちは気軽で、怖かったくせに「簡単だよ」「はやくしろよ」「梯子を持ってきてやろうか?」とどなっている。

この状況になると、何ともはや続いて飛ぶよりさらに勇気がいる。かわいそうだとは思いながらはやし立てた。目を真っ赤にして泣きそうになりながらクジラが飛んだ。涙が風でどばされたのか、目のまわりは水滴がついていた。

「えらい」住友が言った。クジラの足は擦り傷だらけで血塗れになっていた。

5.1 スイカ泥棒

周囲を見渡してみるとそこは大きな家の裏庭だった。昔風の作りの家で、庭は石蹴り遊びができるくらいの広さがあった。飛び降りてきた塀の下は丁寧に整備された庭で花壇とその中に手作りと思われる金魚の池が見えていた。花壇には飛び降りた足跡が大量についており踏み倒した草花もあった。池は湯船ぐらいの大きさで、セメントで作ってありまだ新しいらしく白く光っていた。

母屋の方を見ると無防備に開け放った縁側が見えた。縁側の脇にはきれいに畳んである洗濯物の山があった。そのそばに水をためた大きなバケツがありその中に氷とスイカが浮かんでいるのが見えた。

「あ、うまそー」住友が言った。

「オレ今年まだスイカ食ってないんだよ」わたしは中身の赤い果肉を想像した。

「オレも」クジラがそう言って縁側に近づくと家の奥から人が来る気配がした。クジラは驚いて退いた。出てきたのは、幼稚園生と思われる子供だった。クジラはそれを見て急にニッコリして「こんにちはぼく、なにしているの?おにいちゃんとあそぼ」と言いながら子供に近づいた。子供は警戒心で躊躇していたが、すぐにクジラの人なつっこさに引き込まれてその子は「うん」と言って頷いた。

「ぼくいくつ」クジラは薄笑いを浮かべていた。

「満四さい」子供はまだ警戒していた。

「おるすばん?お母さんは?」

「おでかけ」

「一人でお留守番偉いねー」気持ち悪い裏声でクジラが言った。

「チャンスだよ」クジラはそう言ってわたしたちに振り返った。

「スイカ盗もうってのか、まずいよ」

「ちがうよ、お呼ばれになるんだよ」

「オレに任せろ」クジラが言った。

「スイカもう冷えたかな?食べてみようか」クジラが子供の機嫌を損ねないように言った

「だめだよ、ママが帰ってから」強い調子で子供が言い放った。

「しっかりしたガキだ」小声でクジラが呟いた。

「やっぱり引き上げようぜ、ここは人の家の庭だよ。家宅侵入で引っ張られる」わたしはクジラに言ったが聞いていないようだった。

「そうだね、ママが来てからだね」クジラが続けた。

「うん」子供は少し安心したようだった。

クジラは縁側に子供の横に座るとなつくようにいろいろ話しかけた。そして頃合いをみてから「スイカもう冷えたかな、見てみようね」そう言いながらバケツを近づけた。中に砕いた氷と一緒にくっきりした緑と黒の模様がついたスイカが浮いていた。クジラはバケツの水に手を入れると貴重品でも扱うように丁寧に取り出した。水が滴って廊下にぽつりぽつりと音を立てて落ちた。

「重いね、このスイカ」クジラはゆっくりと持ち上げた。

「坊や、冷えてるからさわってごらん」と言いながら自分の顔より大きいスイカを重そうに持って子供の前に差し出した。

「冷えてる、冷えてる」子供はスイカの表面を両手で触りながら安心しきって言った。

「ぼく、持てるかな?」そう言いながらクジラは子供にスイカを手渡した。子供は何とか持ちこたえて抱え「冷たい、冷たい」と繰り返した。

「じゃあ、もとに戻そうね」そういって子供からスイカを受け取る瞬間、クジラはわざと手を引いた。スイカはするりと子供の手からこぼれて、ころころと転がり縁側に上がるための大きな踏み石の上に落ちた。ざっくりと割れて、真っ赤な果肉がむき出しになった。赤い汁が踏み石を伝って地面に敷いてある白い砂に吸い込まれていった。

「あっ!落としちゃったの?」クジラがわざとらしく叫んだ。

「あーあ、割れちゃったよ」わたしがそう言うと、子供はびっくりして大きくした。目に涙がたまりそうになっていた。

「もう、食べるしかないな」それまで一言も発しなかった住友が平然と言った。

真っ赤に熟れた身の中に点在する黒や茶色の種子が、果実の確実な甘さを約束していてくれるかのようだ。もう、そこにいる誰もがそれを口に入れることに反対することなんて考えられなかった。

「坊や、早く食べないとせっかく冷えたのが」そう言いながら割れて散らばったスイカの破片を集め、さらに細かく割って食べやすいようにして子供に与えた。自分たちの分も割って夢中でかぶりついた。子供は何のことかわからずわたしたちの行動を見守っていたが、かぶりつくわたしたち姿を見て慌てて口をスイカに持っていった。丸いスイカを割って食べるのは久しぶりだった。家で買うものはいつも半分か四半分に切ったものばかりだった。大きいと思ったスイカだったが、瞬く間にその場ですべてを平らあげてしまった。庭には黒と茶色の種が点々と舞っていた。

「いやー、最高だね」クジラはランニングシャツの裾を引っ張り上げハンカチ代わりに口を拭った。

「ぼうや、ごちそうさん」

「ありがと、またくるね」

幼児は何が起こったのか理解できずにきょとんとしたまま、まだスイカを食べている。

「まずいよ、散らかしっぱなしは」

「それより、花壇の足跡何とかしろよ」

「どうしようもないよ。ほっとけ」

「足形調べられたら、身元が割れるぞ」

「誰が調べるんだよ」

「警察だよ」

「バカかおまえは、スイカ食ったぐらいで」

「そうさ、ご馳走してもらっただけだし、子供の遊びだし」

「クジラも悪いやつだな」住友が鼻で笑いながら言った。

わたしも悪くは思ったので「あとかたづけだけは、きちんとしようぜ」そう言って、バケツの水を花壇にまきスイカの食べかすを丁寧にバケツにしまった。そしてスイカの種は縁の下に蹴り入れた。

5.2

庭の垣根から路地に出て公園に向かったが、みな押し黙って歩いていた。後味の良い遊びではなかった。それに所期の目的のことを思えば何の成果も得られていなかった。

結局その日曜日は、みんなで遊び惚けているうちに暮れてしまった。

「今日は疲れたよ」わたしはため息混じりにぽつりと言った。

「金もないし、大した遊びもできないな」クジラも意気消沈していた。

「来月、小遣いもらったら後楽園遊園地でも行こうぜ」わたしが気勢を上げようと少し大声で喋ったが反応はなかった。わたしたちの家庭は金持ちじゃなかったが、人並みに遊ぶ小遣いくらいはもらえる境遇だった。

「今度、豪華にやってみないか」しばらくの沈黙を破って住友が言った。

「キャバレーでも行くのかい?」クジラがおちょくった。

「酒も飲めないくせにばかいうな。おまえら、もっと豪華に遊びたいと思ったことないのか?」

「どんなこと?」

「だから、後楽園でジェットコースター乗り放題とか、アイスクリーム食べ放題とか、マンガ買い放題とか」

「住友は、放題が好きだな」わたしは笑いながら言った。

「そんな金、ないよな」

クジラが言うと、その言葉を待っていたように「宝物をさばくんだよ」と住友が言った。

「さばくって、どういうこと?」

「売るってことさ」

「あんなもの売れるのかなあ」

「どこへ売るんだよ」わたしとクジラが立て続けに訊いた。

「だから質屋とか、古道具屋とか」

「相当儲かるな」

「でもあの品物、盗品だったとしたらつかまるぞ」

「それより小学生がどうやってさばくんだよ、ベーゴマなんて買ってくれるとこないさ」

「馬鹿だな、ベーゴマは売れやしないよ」

「だから時計と万年筆は足がつくって」わたしはこの話には慎重だった。

「切手を売るんだよ」住友がそう言って、頭を使えというように自分のこめかみを何度も人差し指で突っついた。

「どこで?」クジラが興味を示した。

「じゅん、健ちゃんが切手を売って現金化したって話していたよな」住友がわたしに向き直って言った。

「ああ、そういえば」わたしは健ちゃんから池袋に切手を買ってくれる店があると聞いて、住友に話したことを思い出した。住友の記憶力の良さにはあきれてしまう。

健ちゃんはわたしたちの先輩で小学校時代はよく一緒に遊んでくれた。中学三年になっていたが、ときどきわたしたちの要求に応じてくれて遠くの駄菓子屋や池袋の映画館につれていってくれた。

「健ちゃんに聞いてみようか」わたしは住友の言葉を受けて続けた。

「クジラ、おまえ切手帳もってこいよ」住友がクジラに命令するように言った。

「わかった。でもあれはオレの切手帳だから、何をさばくかはオレが決める」クジラは条件付きで返事をした。

「おまえの切手帳じゃない。みんなの切手帳だ、いいな」住友は念を押したがクジラは回答を省略した。

「じゃあ、明日帰ったら、健ちゃんの家に行こう」わたしがその場を締めくくった。切手を売るのなら怪しまれないと思った。臨時の小遣いを手にすることは楽しみでもあり、品物をさばくのはちょっとした冒険でもあった。

わたしたちは月曜日の放課後に健ちゃんのところに相談に行くことにしてその日は解散した。

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